温古堂の午後一番の患者さんは翁先生だった。
転んだかひねったかして右膝を捻挫したらしかった。
いつもなら、自分でちょこちょこ動かして治してしまうのだが、今日は違った。
「コーンくん、ちょこっとみでくれやぁ」
といつもより元気がなかった。
翁先生がベットに仰向けに寝て
「この右膝の内側がこうやると痛いんだなぁ、」
と足首を内側にひねっている。
「どおーれ」
と私は膝裏のコリをさがした。
ゆっくりと恐る恐るクリッ、クリクリッとさぐった。
「これですかぁー、ふむうー、ここはちがいますよねー」
と完全にぎこちない触診であった。
「もっとギュッと押さえろっ!」
イキナリ翁先生が怒鳴った。
「ハッハイッ」
私は、あまり痛く押さえてはいけないと思って手加減していたのだった。
しどろもどろしながらも、次の瞬間、私の指はコリの中心をググッと遠慮なく押さえ込んだ。
左圧痛
「イデデデーッ」
と翁先生の顔が歪み、体中が逃げ動いた。
「それでいいんだそれがわかるようになれば大したもんだ!」
と痛かったのに翁先生は本気でほめてくれた。
うれしかった。
そして、つま先上げ操法の特訓が始まった。
私は左足の甲に手の平をフイットさせ、抵抗をかけた。
翁先生のつま先が上がってきた。
「もっと指のほうさかげろっ」
と足の甲にかかる圧力をユビの方に多くしろという意味だった。
私は抵抗を変え、手首の方に圧をかけた。
「そんくらいでいいなぁ」
翁先生は勝手にモゾモゾうごめいている。
腰をひねったり、肩や首をあっちにいったりこっちにきたりさせて、気持ちのいいところを探し回っているようだった。
そのうちに翁先生の足の力がさっきよりググッと強くなってきた。
それに合わせて私の抵抗も少し強める。
動き方がガラリと変わる。
翁先生の足の力を手に受けて、自分も気持ちよく動こうとしてみた。
できる。
と思っていたら、翁先生がふにゃーっと力を抜いた。
私もしかたなく一緒に抜き、一息入れて余韻を味わった。
これだけで左膝裏のコリはなくなってしまった。
断っておくが、ネンザしているのは右膝である。
翁先生はひとりでヨッコラセと起きあがり、ベットに腰掛けて肩のあたりをモゾモ動かし、膝を上げたり腰をひねったりしている。
私は、
「足首動かしてみましょうか」
と翁先生の足首をねじる準備にとりかかる。
「なんでもやってみろォ」
といつもの調子である。
この後、私は翁先生におもいっきりひっぱたかれることになるのだ。
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